
ネット上の誹謗中傷に対する刑事告訴の手続きと、投稿が削除される前に行うべき証拠保全の方法を、元大阪府警捜査二課刑事・特定行政書士が解説する。
💡この記事の要点 / Key Takeaways
ネット上の誹謗中傷で最も怖いのは証拠が消えること。投稿の削除、アカウントの消去、プロバイダログの期限切れ——「あとで告訴しよう」では手遅れになります。名誉毀損罪・侮辱罪・信用毀損罪の整理から、元大阪府警捜査二課刑事が実践してきた証拠保全の5つの鉄則、捜査官が「動ける」告訴状の作り方まで、実務経験に基づいて解説します。

「SNSで事実無根の誹謗中傷を受けている。刑事告訴したいが、何から手をつければいいのかわからない」――そんなお悩みを抱えていませんか?
ネット上の誹謗中傷で最も怖いのは、証拠が消えることです。投稿者がアカウントを削除する。プラットフォームがコンテンツを非表示にする。プロバイダのアクセスログが保存期間を過ぎて消去される。「あとで告訴しよう」と思っているうちに、肝心の証拠が次々と失われていきます。
この記事では、元大阪府警捜査二課刑事として数多くの告訴事件の捜査に携わった行政書士が、誹謗中傷の証拠を確実に保全する方法と、刑事告訴を成功させるための実務的なポイントを解説します。
誹謗中傷で問える罪の整理
ネット上の誹謗中傷には、複数の犯罪が成立する可能性があります。どの罪で告訴するかによって、必要な証拠や手続きが変わるため、まず全体像を把握しましょう。
名誉毀損罪(刑法230条)
条文:公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。
ポイント:「事実を摘示」がキーワードです。「あの会社は脱税している」「あの人は不倫している」など、具体的な事実を示して名誉を傷つけた場合に成立します。その事実が真実かどうかは関係ありません。親告罪であり、犯人を知った日から6ヶ月以内に告訴する必要があります(刑事訴訟法235条)。なお、匿名の投稿の場合、この「犯人を知った日」は投稿を発見した日ではなく、発信者情報開示等により投稿者が特定された日から起算されます。
侮辱罪(刑法231条)
条文:事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
ポイント:具体的な事実を示さなくても、「バカ」「死ね」「無能」などの言葉で公然と侮辱した場合に成立します。2022年7月7日の法改正で法定刑が大幅に引き上げられ、公訴時効も1年から3年に延長されました。こちらも親告罪です。
信用毀損罪・偽計業務妨害罪(刑法233条)
条文:虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。
ポイント:企業に対する虚偽の風評(「あの店は食中毒を隠蔽している」等)で信用を傷つけたり、業務を妨害した場合に成立します。親告罪ではないため、告訴期間の制限がなく、企業の風評被害対策として有力な罪名です。ただし、「虚偽の風説」であることの立証が必要であり、被害者側が客観的データ等で投稿内容が虚偽であることを証明する準備をしておく必要があります。
刑事告訴の基本的な手続きや告訴状の書き方については、「刑事告訴とは?告訴状の書き方から提出・受理まで」で詳しく解説しています。
証拠保全 — 消される前にやるべきこと
誹謗中傷の刑事告訴で最も重要なのは、証拠の保全です。私は大阪府警時代に数多くの告訴事件を扱ってきましたが、証拠が不十分なために捜査が進められなかった事案を何度も見てきました。証拠保全は「やりすぎ」くらいがちょうどいいのです。
スクリーンショットだけでは不十分な理由
多くの方が「スクリーンショットを撮った」と安心しますが、捜査の現場ではスクリーンショットだけでは証拠として不十分と判断されることがあります。
- 加工の疑い:画像編集ソフトで容易に改変できるため、証拠としての信用性が問われる
- タイムスタンプの不在:いつ撮影されたものか客観的に証明できない
- URLの非表示:画面の切り取り方によってはURLが含まれず、どのサイトの投稿かを特定できない
- 投稿の全体像が不明:前後の文脈が切り取られ、全体の趣旨が伝わらない
元刑事が教える証拠保全の5つの鉄則
捜査で実際に証拠として使える保全方法を、重要度の高い順にお伝えします。
鉄則1:URL全体を含めた画面全体のスクリーンショット
ブラウザのアドレスバーを含めた画面全体をキャプチャしてください。URL、投稿日時、投稿者名が全て1枚の画像に含まれていることが重要です。ファイル名に撮影日時を入れて保存しましょう。
鉄則2:画面録画による動態保全
スクリーンショットの「静止画の改ざん疑い」を排除するため、画面録画で投稿を上から下までスクロールしながら記録します。URL、投稿内容、コメント欄まで一連の動きとして録画することで、証拠の真正性が格段に高まります。
鉄則3:Wayback Machine(ウェブアーカイブ)での保全
Internet Archiveの「Save Page Now」機能を使い、該当ページをアーカイブとして保存します。第三者のサーバーに保存されるため、「自分で作成した証拠」よりも客観性が高く、裁判でも証拠として認められやすい傾向があります。ただし、ログイン後のページやJavaScriptで動的に生成されるSNS投稿など、Wayback Machineでは保存できないコンテンツもあるため、画面録画等の他の保全方法と必ず併用してください。
鉄則4:ページのソースコードとメタデータの保存
ブラウザの「ページのソースを表示」機能でHTMLソースを保存します。投稿日時やユーザーID等のメタデータが含まれており、捜査機関がプロバイダに照会する際の手がかりになります。
鉄則5:公証人による事実実験公正証書
最も証拠力が高い保全方法です。公証人が画面上の投稿を直接確認し、その内容を公正証書として記録します。費用は数万円かかりますが、「この日時にこの内容の投稿が存在した」ことを公的に証明できるため、裁判でも高い証拠価値を持ちます。特に被害が深刻な場合や、企業の風評被害対策では検討すべき方法です。
企業が風評被害を受けた場合の追加対応
企業の場合、誹謗中傷の投稿だけでなく、その投稿によって生じた実害も証拠として記録することが重要です。
- 売上の変動:誹謗中傷の投稿前後の売上データを比較し、因果関係を数値で示す
- 契約の解除・失注:取引先から「ネットの評判を見た」と言われた事実の記録(メール・議事録等)
- 採用活動への影響:応募者の減少や内定辞退の増加などの客観データ
- 従業員への影響:風評被害に起因するメンタルヘルスの問題や離職の記録
これらの実害データは、信用毀損罪・業務妨害罪での告訴だけでなく、民事の損害賠償請求でも重要な証拠になります。
発信者情報開示 —「誰が書いたか」を特定する
匿名の投稿者を特定するには、発信者情報開示請求という法的手続きが必要です。2022年10月のプロバイダ責任制限法改正で手続きが大幅に簡素化されましたが、それでも時間との戦いであることに変わりありません。
開示請求の基本的な流れ
コンテンツプロバイダへの開示請求:投稿が掲載されているサイト・SNSの運営者に対し、投稿者のIPアドレス等の開示を求めます。
アクセスプロバイダの特定:IPアドレスからインターネット接続業者を特定します。
アクセスプロバイダへの開示請求:接続業者に対し、契約者の氏名・住所等の開示を求めます。
ログ保存期間との時間の戦い
プロバイダのアクセスログ保存期間は通常3〜6ヶ月です。この期間を過ぎるとログが消去され、投稿者を特定できなくなります。投稿を発見したら、証拠保全と並行して速やかに開示請求の準備を進める必要があります。
⚠ 重要な注意事項
発信者情報開示請求は、裁判所への申立て(非訟手続)を伴うため、弁護士に依頼する必要がある手続きです。当事務所では、誹謗中傷案件に精通した信頼できる弁護士をご紹介することが可能です。証拠保全の段階からご相談いただければ、弁護士への引継ぎもスムーズに行えます。
告訴状の作成 — 捜査のプロが重視するポイント
誹謗中傷の告訴状は、法律の専門家であっても受理させるのが難しい書類です。私が大阪府警時代に何百もの告訴状を見てきた経験から言えることがあります。捜査目線から「これは素晴らしい」と思える告訴状は、数えられるほどしかありませんでした。
元刑事が告訴状で重視すること
法律論として正確な告訴状は数多くあります。構成要件の該当性や判例の引用は的確でも、捜査機関の立場からすると、それだけでは動きにくい場合があります。
捜査経験を持つ行政書士が告訴状に盛り込む視点
- 捜査官が「これなら動ける」と思える構成
- 証拠の所在と入手方法が明確
- 捜査の端緒(最初の取っかかり)が示されている
- 現実の事実を法的な意味に変換する視点がある
- 法律論だけでなく「次にどう調べるか」の道筋が見える
「何が証拠になるのか」「それをどうやって入手するのか」を知っていること――これが捜査経験者の強みです。捜査とは、現実の世界で起きたことを法的な意味を持つものに変換する行為です。この「現実と法的世界の境界を行き来する力」が、告訴状の質を決定的に分けるのです。
告訴状に盛り込むべき証拠の整理
誹謗中傷の告訴状では、以下の要素を体系的に整理して記載します。
- 投稿内容の特定:URL、投稿日時、投稿者のアカウント名、投稿の全文
- 公然性の立証:誰でもアクセスできる状態だったことの証明(フォロワー数、閲覧数等)
- 名誉毀損の事実:具体的にどの記述が被害者の社会的評価を低下させるのか
- 被害の実態:精神的苦痛だけでなく、実生活・事業活動への具体的な影響
- 証拠の一覧:保全した証拠を番号付きで体系的にリスト化
告訴から捜査・起訴までの流れ
告訴状が受理された後の手続きの流れを簡潔にまとめます。詳しい手続きの全体像は、「刑事告訴とは?告訴状の書き方から提出・受理まで」をご覧ください。
告訴の受理:捜査機関が告訴状を受理し、捜査義務が発生します。
捜査の実施:被疑者の特定、関係者への事情聴取、証拠の収集が行われます。
検察官への送致:捜査結果が検察官に送られ、起訴・不起訴の判断が行われます。
処分の通知:告訴人に対して処分結果が通知されます。
不起訴の場合の選択肢
検察官が不起訴処分とした場合でも、諦める必要はありません。
- 検察審査会への申立て:有権者から選ばれた市民11名で構成される機関が、不起訴処分の当否を審査します
- 民事訴訟の検討:刑事で不起訴になっても、民事の損害賠償請求は別途可能です。刑事手続きで集まった証拠や情報を、民事訴訟で活用する戦略も有効です
関連コラム

この記事の著者
田原 靖弘
特定行政書士 / 元大阪府警捜査二課刑事
大阪府警で18年間、捜査二課で詐欺・横領・企業犯罪の捜査に従事。退職後は会社役員として経営にも参画。 現在は特定行政書士として、企業の危機管理・外国人雇用支援・医療法人設立支援を行っている。
関連コラム
刑事告訴の手続きでお困りですか?
横領・詐欺・背任など、警察がなかなか動かない案件でも。元捜査二課刑事が、告訴状の作成から捜査機関との折衝まで、採り上げてもらうための戦略をご提案します。
初回相談は無料です。


