
💡この記事の要点 / Key Takeaways
人手不足倒産が過去最多の427件。離職理由の第1位は「人間関係」。元大阪府警捜査二課刑事として犯罪者の動機を見つめ、民間企業の取締役として経営再建に携わった経験から、社員が辞めない組織の5つの条件と「性弱説」に基づく組織設計を解説します。
「また辞めた」——面接で期待を感じ、育てるつもりで迎え入れた社員が、半年も経たずに去っていく。
中小企業の経営者なら、この痛みを何度か経験しているのではないでしょうか。
2025年、人手不足倒産は427件で過去最多を更新。そのうち「従業員退職型」が124件と、初めて100件を超えました。人が辞めること自体が、企業の存続を脅かす時代になっています。
大阪府警で18年間勤務し、捜査二課では「なぜ善人が犯罪者になるのか」を目の当たりにしてきました。その後、民間企業の取締役として経営再建に携わり、「なぜ人は組織を去るのか」を身をもって経験しました。
犯罪と離職——まったく違う現象に見えますが、根っこにあるのは同じものです。人が環境に絶望したとき、人は「逃げる」か「壊す」かのどちらかを選ぶ。離職は「逃げる」選択であり、不正は「壊す」選択です。
この記事では、刑事と経営者の両方を経験した視点から、社員が辞めない組織の本質的な条件をお伝えします。
データが語る「人が辞める本当の理由」
まず、数字を見てください。
中小企業の離職に関するデータ
- 中小企業(従業員100~299人)の平均離職率:19.0%(厚生労働省「令和5年雇用動向調査」)
- 中小企業の新卒社員の3年以内離職率:4割超(小規模事業者では5割超)
- 中小企業の65.6%が人手不足に悩んでいる(日本商工会議所調査)
- 人手不足倒産:2025年に427件で過去最多
では、なぜ人は辞めるのか。離職理由の調査で、圧倒的に多いのは「人間関係(上司・経営者)への不満」です。給与でも労働時間でもなく、人間関係。
刑事時代に犯罪者の動機を何百件と調べてきましたが、犯罪の動機もまた「金」が一番多いわけではありません。「追い詰められた」「裏切られた」「認めてもらえなかった」——人間関係の破綻が、人を極端な行動に駆り立てるのです。
人は「条件」で入社し、「人間関係」で退職する。
元刑事が見た「人が逃げる組織」の3つの特徴
警察組織という特殊な環境で18年間過ごし、その後まったく異質な民間企業の経営に携わった経験から、「人が逃げる組織」にはパターンがあると確信しています。
特徴①:「恐怖」で人を動かしている
「怒鳴れば人は動く」「厳しくすれば成長する」——この考え方は、短期的には結果を出します。警察でもそういう場面はありました。しかし、恐怖で動かされた人は、恐怖がなくなった瞬間に去ります。
捜査二課時代、横領や背任を犯した企業の管理職を数多く取り調べました。興味深いことに、彼らの多くは「厳しすぎる上司の下」で長年抑圧されていた人たちでした。恐怖は服従を生みますが、忠誠は生みません。そして、服従は必ず反動を伴います。
特徴②:「犯人探し」が文化になっている
ミスが起きたとき、最初に「誰がやった?」と聞く組織。これは危険です。
犯人探しの文化がある組織では、社員はミスを隠すようになります。隠されたミスは、やがて大きな問題に成長します。刑事として何度も見てきた構図です——小さな不正を報告できない環境が、最終的に取り返しのつかない企業犯罪につながる。
「犯人探し」は刑事の仕事です。経営者の仕事は「原因探し」と「仕組みの改善」であるべきです。
特徴③:経営者が「自分は変わらなくていい」と思っている
これが、最も根深い問題です。
「うちの社員はダメだ」「最近の若者は根性がない」——こう言う経営者の会社からは、人が辞め続けます。私自身、取締役として経営に携わる中で、自分のやり方が通用しない壁にぶつかりました。
そこで気づいたのです。問題は周囲ではなく、自分自身のアプローチにあると。武田信玄が言ったとされる「人は城、人は石垣、人は堀」——この言葉の意味を、身をもって理解しました。組織の問題は、すべて経営者の鏡なのです。
組織が変わる瞬間 —— 経営の現場で学んだこと
警察を退職した後、民間企業の取締役として経営に携わりました。組織として転換期にあり、立て直しが必要な状況。しかも、従業員は専門職——刑事時代とはまったく異質の文化を持つ組織でした。
最初は苦しかった。刑事時代の「指揮命令系統」は通用しません。論理的に正しいことを伝えても、人は動かない。正論は、時に人を追い詰めるだけだということを痛感しました。
転機:「変えよう」から「一緒に考えよう」へ
組織が変わり始めたのは、私自身が変わったときでした。「変えてやろう」という姿勢を捨て、「一緒に考えてほしい」と頭を下げた。すると、一人、また一人と、自分から動き出す人が現れた。
この経験から確信したことがあります。組織を変えるのは「仕組み」ではなく「一人の情熱」です。経営者が本気で変わろうとする姿を見せたとき、組織は動き始める。外から押しても人は動かないが、内側から湧き上がる動機は人を変えます。これが「内発的動機づけ」の本質です。
結局は「人」。一人の情熱が組織を変える。仕組みは、その情熱を伝えるための器にすぎない。
社員が辞めない組織の5つの条件
ここからは、刑事と経営者の経験を統合した、人が残る組織の具体的な条件を提示します。
条件①:「言える」空気がある
心理学では「心理的安全性」と呼ばれます。「悪い報告をしても怒られない」「わからないことを聞いても馬鹿にされない」——この安心感がある組織は、人が辞めません。
捜査現場でも同じです。後輩が「わかりません」と正直に言える環境を作らなければ、取り返しのつかないミスにつながる。中小企業の現場でも、ミスを報告できない空気は、不正の温床になり、離職の原因になります。
明日からできること: 朝礼で「最近の失敗」を経営者自身が話す。上が先にさらけ出すことで、部下も安心して話せるようになります。
条件②:「見てくれている」実感がある
人は「評価されること」よりも「見てもらっていること」を求めています。月1回の1on1ミーティングを導入しただけで離職率が大幅に改善した企業は少なくありません。
刑事時代、ベテランの先輩は何も言わなくても後輩の変化に気づいていました。「最近、顔色悪いぞ」「何かあったか」——たったその一言が、人を救うことがあります。経営者も同じです。社員の「いつもと違う」に気づけるかどうかが、離職を防ぐ最初の一歩です。
明日からできること: 月1回15分の1on1面談を始める。仕事の話でなくてもいい。「最近どう?」から始めてください。
条件③:「成長できる」と感じられる
給料が上がらなくても、「ここにいれば成長できる」と感じている人は辞めません。逆に、給料が高くても「ここにいても何も変わらない」と感じた瞬間、優秀な人から辞めていきます。
中小企業には大企業のような研修プログラムは不要です。むしろ、経営者が自分の経験や考え方を直接語る時間を作ることが、何よりの教育になります。大企業にはできない「距離の近さ」が中小企業の武器です。
明日からできること: 社員に少し背伸びが必要な仕事を任せる。その際、「失敗してもいいから」と一言添える。裁量権が人を育てます。
条件④:経営者の「言行一致」がある
これは、すべての条件の土台です。
経営者が「人を大切にする」と言いながら、目の前の社員の話を聞かない。「チャレンジしろ」と言いながら、失敗した社員を責める。この言行不一致を、社員は見逃しません。
「誠(まこと)」——自分に嘘をつかない、言葉と行動を一致させること。これは武士道の第一の徳であり、経営の第一原則でもあります。社員が本当に信頼するのは、完璧な経営者ではなく、正直な経営者です。
明日からできること: 自分が守れない約束はしない。もし守れなかったら、理由を説明して謝る。それだけで、社員の信頼は変わります。
条件⑤:「ここにいる意味」がある
最後に、最も大切なこと。人は「何のために働いているか」がわからなくなったとき、辞めます。
経営理念を壁に貼っているだけでは意味がありません。経営者自身の言葉で、なぜこの会社を続けているのか、何を実現したいのかを語り続けることが必要です。
経営の現場で最も効果があったのは、戦略の変更でも制度の改革でもなく、「なぜこの会社が必要なのか」を経営者が自分の言葉で語り始めたことでした。目的を共有できた社員は、「雇われている労働者」から「経営の当事者」に変わります。
明日からできること: 月に一度、全員の前で「最近考えていること」を10分話す。完璧なスピーチでなくていい。経営者の本音が、社員の心を動かします。
「性弱説」で組織を設計する
ここで、刑事経験から得た一つの考え方をお伝えします。
人間は弱い生き物です。「性善説」でも「性悪説」でもなく、「性弱説」——人は環境次第で善にも悪にもなる。追い詰められれば嘘をつき、認められなければ手を抜き、居場所がなければ逃げ出す。これが、数百人の犯罪者と向き合って辿り着いた人間観です。
だからこそ、人を弱くさせない環境を作ることが経営者の仕事です。「うちの社員は信頼できる」——その信頼を裏切らせない仕組みを作ることが、本当の意味で社員を守ることになります。
性弱説に基づく3つの設計原則
- 「追い詰めない」 — 過度なプレッシャーは人を壊す。適切な負荷と逃げ道を用意する
- 「隠させない」 — ミスや問題を報告しやすい仕組み(匿名提案制度、定期面談等)を作る
- 「孤立させない」 — 一人で抱え込ませない。メンター制度やチーム制で「仲間がいる」状態を作る
この3つを意識するだけで、離職も不正も、かなりの部分を防げます。人を信頼することと、人が弱くなる環境を放置することは、まったく別の問題です。
よくある質問
Q1. 給料を上げないと人は辞めますか?
給料は「辞める理由」にはなりますが、「辞めない理由」にはなりにくいのが実態です。離職理由の調査では、人間関係への不満が常に上位を占めています。まず給与の水準が業界平均を大きく下回っていないかを確認した上で、人間関係と成長機会の整備に投資する方が、定着率の改善には効果的です。
Q2. 10人以下の会社でも組織づくりは必要ですか?
むしろ、小さい組織ほど必要です。10人の会社で2人辞めれば、戦力の20%を一度に失うことになります。大企業と違い、一人ひとりの影響力が大きい中小企業だからこそ、「人が辞めない環境づくり」は経営の生命線です。少人数だからこそ、経営者の姿勢がダイレクトに伝わる利点を活かしてください。
Q3. 1on1面談をやっても社員が本音を話してくれません。
最初の数回で本音が出なくても、それは正常です。まず経営者・上司の側から自己開示をしてください。「自分も若い頃はこんな失敗をした」「最近こういうことで悩んでいる」——上が先に弱さを見せることで、部下は安心して話し始めます。取り調べの基本と同じです。相手が話すのを待つのではなく、こちらから信頼を示す。
Q4. 辞めたい社員を無理に引き止めるべきですか?
無理に引き止める必要はありません。ただし、「なぜ辞めるのか」を正直に聞く機会は必ず作ってください。退職面談(エグジットインタビュー)で得られる情報は、残っている社員のためのかけがえのない財産です。去る人の声に真摯に耳を傾けることが、組織を改善する最速の方法です。
まとめ —— 人が残る組織は「仁」のある組織
最後に、この記事のポイントを整理します。
- 離職理由の第1位は「人間関係」。給料ではない
- 人が逃げる組織:恐怖支配、犯人探し文化、経営者が変わらない
- 組織を変えるのは「仕組み」ではなく「一人の情熱」
- 5つの条件:言える空気、見てくれている実感、成長できる環境、言行一致、ここにいる意味
- 「性弱説」で設計する:追い詰めない、隠させない、孤立させない
「仁」という言葉があります。力を持つ者が、その力を人のために使うこと。経営者にとっての「仁」とは、社員を守り、社員が力を発揮できる環境を整えることです。
人は「この人の下で働きたい」と思える経営者のもとに集まり、「この会社にいたい」と思える組織に残る。制度や待遇はその次です。
人手不足が深刻化するこの時代、最大の経営戦略は「人が辞めない組織をつくること」です。採用に100万円かけるより、今いる社員が「ここにいたい」と思える環境に100万円を投資する方が、はるかにリターンは大きい。
💡 田原靖弘が経営者に伝えたいこと
大阪府警で18年間、人間の光と闇の両方を見つめてきました。不正や犯罪だけではありません。極限の現場で見せる人の誠実さや、小さな親切が誰かを救う瞬間も、数え切れないほど目にしてきました。その後、民間企業の取締役として組織の立て直しに挑み、「人を動かすとは何か」を身をもって学びました。
この二つの現場で得た確信があります。組織の問題は、すべて「人の考え方」に帰結する。仕組みや制度を変える前に、まず経営者自身の考え方が変わらなければ、何も変わらない。
現在は特定行政書士としての業務に加え、経営者・管理職向けの研修・コーチングを行っています。「性弱説」に基づく組織設計、心理的安全性の高め方、経営者としての在り方——座学ではなく、現場経験に基づいた実践的な内容をお伝えします。
「うちの組織、このままでいいのだろうか」——そう感じたら、初回相談は無料です。お気軽にお問い合わせください。




