
顧問先で従業員による横領や情報の持ち出しが発覚したとき、税理士がまず行うべきは証拠の保全です。本人への確認を先行させると証拠が失われ、立件が困難になります。
💡この記事の要点 / Key Takeaways
顧問先で横領や情報の持ち出しが発覚したとき、最初にすべきは本人への確認ではなく証拠の保全です。元大阪府警捜査二課の刑事が、何罪にあたるのか、時効はいつまでか、同族会社の落とし穴、そして税理士の守秘義務との関係までを解説します。

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不自然な現金出納、実在しない仕入先への支払い、期をまたいで繰り返される少額の引き出し。顧問先の社長より先に、税理士の先生が違和感を持つことは珍しくありません。
社内不正の内訳を見ると、実際に多いのは横領だけではありません。2023年度に社内不正の被害を受けた企業230社への調査では、1位が情報の持ち出し(約57%)、2位が横領・リベート(約17%)でした(デジタルデータソリューション株式会社、2024年4月発表)。顧客リストや会計データの持ち出しも、顧問先で起こりうる事態です。
そして、次にこう聞かれます。
「これ、警察は動いてくれますか」
この記事は、税務の話ではありません。税務は先生方のご専門です。ここでお伝えするのは、捜査機関がこの種の事案をどう見るかという、捜査側にいた立場からの話です。
最初にすべきは、本人への確認ではありません
発覚直後にやるべきことは、ひとつだけです。証拠の保全です。
多くの会社が、順序を逆にします。まず本人を呼んで問い質す。すると何が起きるか。
- 通帳や領収書が処分される
- 会計データが書き換えられる
- 共犯者に連絡が行く
- 「社長にも了承をもらっていた」という主張が用意される
本人に伝えた瞬間から、証拠は減り始めます。 捜査の現場では、これが立件できたはずの事案を潰す最大の原因でした。
保全すべきものは、事案によりますが、おおむね次のとおりです。
- 会計データ(書き換え前の状態で。バックアップを別媒体に確保する)
- 預金通帳、入出金明細、振込依頼書の控え
- 請求書・領収書・納品書の原本
- 本人が使用していたPC、メール、業務用チャットの履歴
- 本人の権限が分かる資料(職務分掌、決裁規程、口座の管理者記録)
- 情報の持ち出しが疑われる場合は、アクセスログ、貸与品(PC・USB等)の管理簿、入退室記録
先生方は、この多くを既に手元にお持ちのはずです。それが、税理士の先生が関わる事案の強みです。
やってはいけない3つのこと
1. 先に本人を追及する 前述のとおりです。事情聴取は、証拠を固めてからです。
2. 「返せば済む」で終わらせる 本人が返金を申し出ると、その場は収まります。しかし、返金は犯罪の成立に影響しません。むしろ、返金の事実が「会社は問題にしないと言った」という主張の材料にされることがあります。処理の方針は、返金の前に決めるべきです。
3. 懲戒処分を先に確定させる 解雇や懲戒を先行させると、本人が会社を離れ、社内資料へのアクセスが難しくなります。また、労務上の紛争が始まると、刑事の手続と並行して対応することになり、負担が二重になります。順序には意味があります。
何罪にあたるのか — ここで結論が変わります
同じ「金を抜かれた」でも、成立する犯罪は異なります。そして、罪名が違えば時効も、必要な証拠も変わります。
| 罪名 | 典型的な場面 | 法定刑 | 公訴時効 |
|---|---|---|---|
| 業務上横領(刑法253条) | 経理担当者が、預かっている会社の金を私消した | 10年以下の拘禁刑 | 7年 |
| 単純横領(刑法252条) | 業務としてではなく、たまたま預かった物を私消した | 5年以下の拘禁刑 | 5年 |
| 背任(刑法247条) | 役員が、会社に損害を与える取引を意図的に行った | 5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 | 5年 |
| 詐欺(刑法246条) | 架空の請求書で会社を欺き、支払わせた | 10年以下の拘禁刑 | 7年 |
| 窃盗(刑法235条) | 会社の資料・記録媒体を無断で持ち出した | 10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 | 7年 |
※ 2025年6月の刑法改正により、懲役・禁錮は「拘禁刑」に一本化されています。古い資料には「懲役」と書かれていますが、現在の表記は拘禁刑です。
実務上、判断が割れやすいのは業務上横領と背任の境目です。金銭そのものを自分のものにしたのか、それとも権限を濫用して会社に損害を与えたのか。前者なら横領、後者なら背任に寄ります。
そして、この見極めは、集めるべき証拠を変えます。 横領なら「その金を占有していたこと」を、背任なら「任務に背いたこと」と「図利加害の目的」を示す必要があります。同じ資料でも、何を証明するために使うかが変わります。
情報の持ち出しは「窃盗」になることがあります
顧客リストや設計データを持ち出された、という相談も少なくありません。ここで見落とされやすいのが、持ち出しの方法によって成立する犯罪が変わるという点です。
情報それ自体は、法律上の「財物」ではありません。しかし、情報が入った媒体は会社の財物です。
| 持ち出しの方法 | 成立しうる罪 |
|---|---|
| 会社のUSBメモリ・紙の書類・外付けHDDを持ち出した | 窃盗罪(刑法235条・10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金) |
| 会社から預かっていた資料を返さず領得した | 業務上横領罪(刑法253条) |
| 自分のメールアドレスへ送信した/私物のクラウドへ保存した | 物の移動がないため窃盗にはならない。不正競争防止法の営業秘密侵害罪を検討する |
この区別は、実務上とても大きな差になります。
不正競争防止法で構成する場合、その情報が「営業秘密」に当たることを示さなければなりません。 秘密として管理されていたか、有用な情報か、公然と知られていないか——この3要件を満たす必要があり、社内の管理体制が問われます(詳しくは営業秘密を守る方法で解説しています)。
一方、媒体の持ち出しであれば、会社の物を無断で持ち出したという構成になります。立証すべきことが変わるのです。
どちらで構成すべきかは、持ち出しの態様と、手元に残っている記録で決まります。「データを抜かれた」という事実だけでは、どちらとも決まりません。 アクセスログ、持ち出し記録、貸与品の管理簿——何が残っているかによって、取れる構成が変わります。
時効は「発覚時」からではありません
公訴時効は、犯罪行為が終わった時から進行します。発覚した日からではありません。
これが意味するのは、発覚した時点で、すでに時効が完成している部分がありうるということです。
5年前から少額を繰り返し抜かれていた事案では、古い分から順に時効にかかっていきます。業務上横領なら7年、背任なら5年。罪名の判断が、そのまま回収できる範囲の判断に直結します。
税理士の先生が過去の帳簿を遡れる立場にあることは、ここで決定的に効きます。いつから始まっていたのかを特定できるのは、多くの場合、先生方だけです。
ご自身の件が当てはまるか、判断が難しいと感じていませんか
事案はひとつとして同じものがありません。元刑事としての捜査経験に基づいて、捜査機関が当該事案をどう評価するのかについての見込みをお伝えします。ご相談は無料です。
同族会社では、刑が免除されることがあります
ここは、あまり知られていません。
刑法には親族間の犯罪に関する特例があり、横領の罪にも準用されています(刑法255条・244条)。
配偶者、直系血族又は同居の親族との間で……犯した者は、その刑を免除する。(刑法244条1項) 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。(同条2項)
つまり、こういうことです。
| 加害者と被害者の関係 | 結果 |
|---|---|
| 配偶者・直系血族・同居の親族 | 刑が免除される(起訴されても刑罰が科されない) |
| それ以外の親族 | 親告罪(告訴がなければ起訴できない) |
| 親族でない共犯者 | 特例は適用されない |
同族会社で「息子が会社の金を使い込んだ」「同居の親が経理を握っていた」という事案は、決して珍しくありません。この場合、刑事手続で解決できないことがあります。
ただし注意が必要です。この特例は個人と個人の関係についてのものです。被害者が法人である場合には、適用のされ方が異なると解されています。誰の物を横領したのかという点が、結論を左右します。
ここは事案ごとの判断になります。「親族だから無理だ」と決めつけるのも、「法人だから関係ない」と決めつけるのも、どちらも危険です。
先生方が一番気にされること — 守秘義務との関係
外部に相談してよいのか。これが最初の関門だと思います。
税理士法38条は、次のように定めています。
税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。
ここで大切なのは「正当な理由がなくて」という限定です。顧問先の了解を得た上での相談は、この限定に触れません。
実務上、安全な進め方は2つあります。
(1)顧問先から直接相談してもらう 先生は同席されるだけで、相談の主体は会社です。この形なら、守秘義務の問題は生じません。
(2)会社の了解を取った上で、先生が窓口になる 「刑事の見立てができる専門家に聞いてみます」と社長に伝え、了解を得る。この一言があるかないかで、立場がまったく違います。
どちらの形でも、先生と顧問先の関係は何も変わりません。 私の側から顧問先に働きかけることはなく、税務のご関与に立ち入ることもありません。
社長に何と説明すればよいか
「警察は動きますか」と聞かれたとき、その場で答える必要はありません。答えられないのが当然だからです。
捜査機関が動くかどうかは、事実関係の組み立て方と、手元の資料が何を証明できるかで変わります。これは帳簿を見ただけでは判断がつきません。
社長にお伝えいただきたいのは、次の3点です。
1. 本人にはまだ何も言わないこと(証拠が失われるため) 2. 資料をそのまま保全すること(会計データは書き換え前の状態で。情報の持ち出しが疑われるならアクセスログも) 3. 刑事の見立てができる者に、早い段階で確認すること
この3点だけで、その後に取れる選択肢の幅がまったく違ってきます。
ここに書いたことは、あくまで一般論です
実際の事件は千差万別で、同じものはひとつとしてありません。同じ「横領」でも、金額、期間、本人の権限、資料の残り方、そして関係者の続柄によって、取るべき手順は変わります。
申し上げられる助言は、すべてその事案だけのものです。
私は大阪府警捜査二課で、詐欺・横領などの知能犯の捜査に従事していました。捜査する側が何を見て、どこで判断するのかを、実務として経験しています。その経験に基づいて、捜査機関がその事案をどう評価する見込みかを率直にお伝えします。
見込みが薄い場合は、その理由もお話しします。ご相談は無料です。私が実際に手を動かす段階から、費用をいただきます。
顧問先の一大事に、先生が「分かりません」と答えずに済むように。まずは見立てだけでも、お聞かせください。
士業の先生方からのご相談について
業務の範囲、連携の形、費用の目安を士業の先生方へにまとめています。先生方と顧問先の関係に立ち入ることはありません。

この記事の著者
田原 靖弘
特定行政書士 / 元大阪府警捜査二課刑事
大阪府警で18年間、捜査二課で詐欺・横領・企業犯罪の捜査に従事。退職後は会社役員として経営にも参画。 現在は特定行政書士として、企業の危機管理・外国人雇用支援・医療法人設立支援を行っている。
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