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元刑事が解説|社内の情報持ち出しは何罪か — 窃盗罪と営業秘密侵害罪の分かれ目

公開: 2026年9月13日
田原 靖弘
10 min read

情報持ち出しとは、従業員や退職者が会社の顧客リスト・技術情報・業務データなどを無断で社外へ持ち出す行為をいう。会社のUSBメモリや書類など媒体ごと持ち出した場合は窃盗罪(刑法235条・10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)、自分のメールへの送信や印刷による複製の作成は営業秘密侵害罪(不正競争防止法21条2項1号・10年以下の拘禁刑または2,000万円以下の罰金)の問題となり、どちらで構成するかで立証すべき事実が変わる。(行政書士田原靖弘事務所|元大阪府警捜査二課刑事・特定行政書士 田原靖弘 監修)

💡この記事の要点 / Key Takeaways

退職した社員に顧客リストを持ち出された。同じ「情報の持ち出し」でも、会社の媒体ごと持ち出したのか、自分のメールへ送信したのかで、成立する犯罪も証明すべきことも変わります。元大阪府警捜査二課の刑事が、窃盗罪と営業秘密侵害罪の分かれ目、警察庁が令和7年に検挙した実例、そして本人に伝える前に保全すべき記録を解説します。

田原 靖弘
✍ この記事の執筆者

田原 靖弘元大阪府警捜査二課刑事 / 特定行政書士

大阪府警で約18年間、主に知能犯捜査に従事。詐欺・横領・背任などの告訴状の受理判断を捜査側から数多く経験しています。

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「退職した社員が、顧客リストを持って行きました」

このご相談は、年々増えています。そして少なくない会社が、窓口で同じことを言われます。「それは民事の話ですね」と。

しかし、数字は別の方向を示しています。警察庁の発表によれば、令和7年(2025年)の営業秘密侵害事犯の検挙は38事件。前年の22事件から16事件(72.7%)増え、過去10年で最も多くなりました。

社内不正の中でも、情報の持ち出しは最も多い類型です。2025年度に社内不正の被害を受けた企業260社への調査では、約41%が情報の持ち出しでした(デジタルデータソリューション株式会社、2026年6月発表)。

警察が動いていないのではありません。動ける事案と、動けない事案があるのです。そして、その分かれ目は、多くの場合「何を持って出たか」で決まります。

「情報そのもの」は、法律上は盗めません

出発点は、条文の文言です。

他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。(刑法235条)

財物」と書かれています。情報それ自体は、ここでいう財物にあたりません。データをコピーされても、元のデータは会社に残っています。物としては、何も減っていないからです。

しかし、情報が入っている媒体は、会社の財物です。USBメモリ、紙の書類、外付けHDD、会社が貸与したノートパソコン。これらを持ち出せば、窃盗の問題になります。

つまり、こういうことです。同じ「情報を持ち出された」でも、物が動いたかどうかで、使う法律が変わります。

持ち出しの方法で、罪名が変わる

持ち出しの方法成立しうる罪法定刑
会社のUSBメモリ・紙の書類・外付けHDDを持ち出した窃盗罪(刑法235条)10年以下の拘禁刑 または 50万円以下の罰金
会社から貸与されていた物を、返さずに自分のものにした業務上横領罪(刑法253条)10年以下の拘禁刑
自分のメールへ送信した/私物のクラウドへ保存した/印刷して複製を作った営業秘密侵害罪(不正競争防止法21条2項1号)10年以下の拘禁刑 または 2,000万円以下の罰金(併科されることもある)
退職後に、他人のIDで社内システムにログインして取得した不正アクセス禁止法違反(同法3条・11条)と営業秘密侵害罪(不正競争防止法21条1項1号)3年以下の拘禁刑 または 100万円以下の罰金(不正アクセスの部分)

※ 令和7年(2025年)6月1日施行の刑法改正により、懲役・禁錮は「拘禁刑」に一本化されました。古い資料にある「懲役」は、現在の表記では拘禁刑です。

罪名が違えば、証明しなければならないことが変わります。 ここが、実務上いちばん大きな差です。

実際に、警察はどう立件しているか

一般論だけでは分かりにくいので、警察庁が公表している令和7年の検挙事例を見ます。

事例1|精密金型製造販売事業者の元社員(57歳)ら3人 — 兵庫

在職中、会社から貸与されていたパソコンを操作し、金型図面のファイルを自分のメールアドレス宛に送信して複製を作成し、領得した。さらに、その情報を中国に所在する法人へメールで開示した。令和7年10月、不正競争防止法違反(営業秘密の領得・開示)で検挙。

事例2|介護サービス事業者の元社員(46歳)— 青森

在職中、会社のパソコンを操作し、利用者に関する情報を複合機から紙に印刷するなどして複製を作成し、領得した。令和7年1月、不正競争防止法違反(営業秘密の領得)で検挙。

事例3|ぱちんこ店の元従業員(33歳)ら3人 — 宮崎

在職中、遊技機の設定情報を自分の携帯電話に入力して複製を作成し、領得した。さらに知人にメールで開示した。令和7年10月までに、不正競争防止法違反(営業秘密の領得・開示等)で検挙。

ここで注目していただきたいのは、3件とも、会社の物を持ち出してはいないという点です。

メールで送った。紙に印刷した。自分の携帯に打ち込んだ。いずれも「複製を作成した」ことが処罰の対象になっています。不正競争防止法21条2項1号が、営業秘密の領得の方法として、横領すること・複製を作成すること・消去したように装うことの3つを挙げているからです。

「USBを持ち出していないから、刑事では何もできない」というのは、誤りです。

窃盗罪で構成するとき、何を証明するのか

窃盗として組み立てる場合に必要になるのは、次の3点です。

  • 持ち出された物が、会社の物であること(備品台帳、貸与品の管理簿、購入履歴)
  • 本人が持ち出したこと(入退室記録、防犯カメラ、持ち出し記録)
  • 自分の物として扱う意思があったこと(返還していない、転職先で使っている等)

この構成の利点は、「営業秘密にあたるか」を問われないことです。会社の物を無断で持ち出した、というシンプルな組み立てで済みます。社内の情報管理が十分でなかった会社にとって、ここは小さくない違いです。

一方で、判断が割れやすい場面もあります。持ち出してコピーを取り、すぐ元に戻したという場合です。物は返っています。どう評価されるかは、持ち出していた時間や態様によって変わります。ここは事案ごとの判断になります。

不正競争防止法で構成するとき、何を証明するのか

営業秘密侵害罪で組み立てる場合、ハードルは上がります。その情報が「営業秘密」にあたることを示さなければならないからです。

営業秘密と認められるには、3つの要件を全て満たす必要があります。

  1. 秘密管理性 — 秘密として管理されていたか
  2. 有用性 — 事業活動にとって有用な情報か
  3. 非公知性 — 公然と知られていないか

実務で最も問題になるのは、秘密管理性です。「重要な情報だった」ことと「秘密として管理していた」ことは、別のことです。誰でも開ける共有フォルダに置かれ、「社外秘」の表示もなく、アクセス権限も設定されていない。この状態では、この要件は満たしません。

3要件の具体的な整え方は営業秘密を守る方法|情報漏洩の法的対策と刑事告訴の進め方にまとめています。この記事は、持ち出された後の話です。

さらに、不正の利益を得る目的、または会社に損害を加える目的があったこと、そして営業秘密の管理に係る任務に背いたことも示す必要があります。

罰則は軽くありません。10年以下の拘禁刑もしくは2,000万円以下の罰金、またはその両方(不正競争防止法21条2項)。日本国外で使う目的だった場合は、罰金の上限が3,000万円に上がります(同条5項)。

ご自身の件が当てはまるか、判断が難しいと感じていませんか

事案はひとつとして同じものがありません。元刑事としての捜査経験に基づいて、捜査機関が当該事案をどう評価するのかについての見込みをお伝えします。ご相談は無料です。

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どちらか一方を選ぶ話ではありません

ここが、多くの解説で抜け落ちているところです。

窃盗罪と営業秘密侵害罪は、択一ではありません。 会社のUSBメモリに入った営業秘密を持ち出せば、媒体の持ち出しは窃盗の問題であり、同時に営業秘密の領得の問題でもあります。

では、何が構成を決めるのか。手元にどの記録が残っているかです。

  • 貸与品の管理簿と入退室記録が揃っている → 物が動いたことを示しやすい
  • アクセスログとメールの送信ログが残っている → 複製の作成を示しやすい
  • 秘密管理の体制が整っている → 営業秘密の3要件を示しやすい

「データを抜かれた」という事実だけでは、まだ何も決まりません。残っている記録が、取れる構成を決めます。

だから、先に押さえるものが決まります

本人に伝える前に、次のものを保全してください。本人に伝えた瞬間から、記録は消え始めます。

  • アクセスログ(ファイルサーバー、クラウドストレージ、基幹システム)
  • メールの送信ログ(特に個人アドレス宛の、添付ファイル付き送信)
  • 外部媒体の接続履歴(USBメモリ等をパソコンに挿した記録)
  • プリンタ・複合機の出力ログ
  • 貸与品の管理簿(パソコン、USB、スマートフォン、鍵)
  • 入退室記録、防犯カメラの映像
  • 就業規則、秘密保持誓約書、退職時の誓約書
  • 本人が使っていたパソコン(初期化や再貸与をしない)

特に注意していただきたいのは、防犯カメラの映像と各種ログは、保存期間を過ぎれば自動的に消えるということです。数週間で上書きされる設定も珍しくありません。ここだけは、方針を決める前に手を打つ必要があります。

時効は「気づいた日」からではありません

罪名公訴時効
窃盗罪(刑法235条)7年
業務上横領罪(刑法253条)7年
営業秘密侵害罪(不正競争防止法21条1項・2項)7年
背任罪(刑法247条)5年
不正アクセス禁止法違反(同法11条)3年

公訴時効は、犯罪行為が終わった時から進行します(刑事訴訟法250条2項)。発覚した日からではありません。

在職中に持ち出され、数年経ってから転職先での使用によって発覚する、という経過は珍しくありません。つまり、発覚した時点で、すでに時効にかかっている部分がありうるということです。

告訴は必要か — 営業秘密侵害罪は非親告罪です

不正競争防止法21条7項が親告罪と定めているのは、秘密保持命令に違反した罪(同条3項6号)だけです。営業秘密の領得・使用・開示は、告訴がなくても起訴できます。

では告訴に意味がないかというと、そうではありません。

捜査機関が動くには、何が起きたのかが、捜査する側に分かる形で示される必要があります。告訴状は、被害の内容と、どの資料が何を証明するのかを、読める形にまとめたものです。非親告罪であることと、警察が自動的に動くことは、別の話です。

告訴状そのものの作り方は元刑事が解説|刑事告訴のやり方と受理される告訴状の書き方に、受理されなかったときの考え方は元刑事が解説|告訴状が受理されなかったときにすべきことにまとめています。

ここに書いたことは、あくまで一般論です

実際の事件は千差万別で、同じものはひとつとしてありません。同じ「情報を持ち出された」でも、持ち出しの方法、残っている記録、社内の管理体制、本人の権限によって、取るべき手順は変わります。

申し上げられる助言は、すべてその事案だけのものです。

条文の理解だけでは、目の前にある事実が要件のどこに当たるのかを見極められません。一方で、現場の経験だけでも、なぜその証拠が必要になるのかという法的な理由までは辿り着けません。事実を見る目と、法を読む目は、別のものだからです。

私は大阪府警捜査二課で、詐欺・横領などの知能犯の捜査に従事していました。捜査する側が何を見て、どこで判断するのかを、実務として経験しています。その経験に基づいて、捜査機関がその事案をどう評価する見込みかを率直にお伝えします。

見込みが薄い場合は、その理由もお話しします。ご相談は無料です。私が実際に手を動かす段階から、費用をいただきます。

ログが消える前に、まずは見立てだけでもお聞かせください。

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この記事の著者

田原 靖弘

特定行政書士 / 元大阪府警捜査二課刑事

大阪府警で18年間、捜査二課で詐欺・横領・企業犯罪の捜査に従事。退職後は会社役員として経営にも参画。 現在は特定行政書士として、企業の危機管理・外国人雇用支援・医療法人設立支援を行っている。

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